天国のRIKI

全てノンフィクション。あなたの周りにもこんなドラマが。

30分ぐらいでEさんがお店の方に戻って来た。

「すいませんでした。」と、先ず自分が持ち場を離れた事をあやまる言葉をお父さんに伝えながら、

「可愛いですよ、まだ小っちゃくて」と状況説明をし始めた。

お父さんは「でも君んところじゃだめなんだろう」と、ニュースを知らせなかった理由の説明も兼ねた言葉で答えた。

Eさんは知らせてもらえなかったのが自分への思いやりてである事を分りつつ、

「ええ、でもちょっと欲しがっている人のあてがあったもので」と、自分では飼えない子犬の元へ駆けつけた理由の説明を付け加えた。

「メス2匹ならなんとか探せるんですが・・・・。あと3匹でしょ」と、全部面倒見たいとでも言いたげなEさんである。

さすがに犬好きの彼女、こんなに可愛い生まれて間も無い子犬達を、絶対処分なんて考えられないと思い始めていたのだ。

僕達の里親探しの頼もしい見方が出来たのらしい。

 

Tさんも毎日顔を会わすわけでもないEさんの事は、必死になりすぎて思い浮かばなかっつたのであろう。灯台下暗しだったのだ。

落ち着いて考えて見れば、園内にはアルバイトも含めれば常時100人以上は居るスタッフの中で、犬に関係した学校に通い、将来好きな犬に携わる職業につきたいと考えている人間など、そう居るものでも無いと思えるその人が、ここに居たのである。

お父さんは高校生の時から2年以上も勤めてくれているアルバイトのEさんを、家族同様に付き合い、可愛がっていた。

その思いは犬が大好きでありながら飼えない、彼女自身の事情のことばかりを優先させ、ひとつの判断を誤らさせていた。

彼女の周りには犬好きの人が沢山いるそんな環境があったのである。

もっとも犬好きの人が直ぐに犬を飼える分けでもない。

住まいの事情、家庭の事情、自分自身の体質など、愛情や思いがその環境を覆い尽くせ無い事もしばしばある。

「明日学校に行って確かめて来ます。」とEさんは、かなりの可能性のありそうな言葉をお父さんに伝えた。

「あっ、そう、そりゃあ良かった。Tさんも喜んでいたろう。」と、次への展開を想像もせずにお父さんは答えた。

二人の会話もこれで終わり、それとなく30分程前の仕事の続きへと気持ちが戻りかけた時、

「社長の家は駄目なんですか?」と、Eさんはすっかり里親探し片棒を担がされたかのように会話を戻した。

「ええっ」お父さんの頭の中はさっきTさんが「社長、貰ってくれない」と言った時点に逆戻りした。

とことん困り果てているTさんの様子に、どうしたものか、少しでも役にたってあげられるのか、何か手立てはあるのか考え始めていたのだ。

「ええっ、ウチかい、立て替えた時庭もつぶしちゃったしなあ。」と、お父さんは何かを頭に浮かべて話している様であった。

建て替える前までホンの小さ三角形の4坪程の庭に、芝生を植え刈り込みを丹念にし、夏など子供のビニールプールの絶好の遊び場になっていた所を、コンクリートの駐車場にしてしまっている事を思っていた。

あそこなら犬の1匹ぐらい飼えたのになあと想像していたらしい。

お父さんも、お母さんも子供の頃に犬を飼っていた経験があり、その可愛さや犬と一緒に暮らす喜びは、大変な世話以上に何にも変えがたいものがある事は知っていたのだ。

「部屋はフローリングですか?裏庭は?」と、Eさんは、お父さんの家族が犬好きである事を悟ったかのように、問い詰めて来た。

「うん、まあ、畳の部屋はおばあちゃんの部屋だけだけど・・・。ええっ」と、お父さんは又考えてもいなかった事を頭に描き始めていた。

自分の子供の頃飼い犬は外、犬小屋で飼うものと相場は決まっていたのだが、最近ではフローリングの部屋の多い家が増え、室内で一緒に暮らす室内犬のブームにはなって来ていたのだ。

「ならっ、部屋でも飼えるじゃないですか、いいなあ」と、Eさんは自分なら絶対そうしますとでも言わんばっかりに決めてかかって来た。

「本当に可愛い子達ですよ、社長も見て来て下さいよ」と、Eさんが続けた。

お父さんの心は動き始めていた。Tさんに頼まれた時に思い始めたのは、誰か飼い主を近所だったり、お母さんのお友達だったりの中にいないか探して見ようと言う、里親探しの手助けであった。

それが何時の間にか、近しい二人が一生懸命にこの子犬達の先短い運命を、なんとしても救わんとしている事にすっかり共鳴し、我が家でも一匹はなんとかしてやろうと、思い始めていたのである。

「そうだなあ。カミさんに聞いてみるか。」とお父さんは次の段階へ踏み出した。

「そうですよ、奥さんも犬が好きなんだし」と、ここのとろの閑散期には、日曜日だけは来ていっしょに働いているお母さんの犬好きの性格も見ぬいていて、更に強気になって来たEさんである。

 

お父さんは思い腰を上げる風でもなく、意を決する風でもなく、電話をかけ始めながら「カミさんに聞いて見るか。」と、Eさんと目を交わした。

事の成り行きが自分の思惑通りなのか、Eさんは後押しする目つきをお父さんに投げかけ、何かホッとした様子を見せていた。

「もしもし、あのさあ、うまれたばっかりの子犬らしいんだけど飼わない?」

「なにいっ、子犬?棄てられていたのっ」

「うん、なんかこの間の成人式の日に棄てられていたらしいんだ。5匹いっしょに」

「ええっ、5匹も、小さいの?」

「まだ見てきてないんだけどさあ、T君が面倒見ているらしいんだ。」

「ええっ、まあっ、可哀想に、何処で、詰所の所で?」

「ああ、そうらしいんだよ。今もEちゃんが行って見て来たんだけど、たまんなく可愛いって」

「そうっ、Eちゃんは専門家だもんね。でも、ウチは駄目よっ、だって誰が面倒みるの?皆仕事もあるし、可哀想だけど」

「うーん、そうだよねえ。そうそう、誰か友達とか心当たりはないっ?」

「えーとっ、そうねえ今ちょっと思いつかないけど。でも、ちょっと見たい気はするわねえ。」

「いや、まだオレも見てきてないんだけどさあ。見に来るっ?」

「うーん、でも止めとくッ。だって、見ちゃったらさあ・・・・」

「そうねえ、じゃあ、探している人いないか考えといてよ」

「うーん、分った。じゃあねえ」

お父さんは、『やっぱり、そうだなあ』と、自分の思い巡らした事が簡単でない事に気がつきながら電話を切った。

犬は好きでも本気で育てるには、散歩から餌の用意、愛情の注ぎ方からしつけまで、飼いっ放しとはいかない性格の家族であることが分かっていたのだ。

お父さんの言葉しか聞き取れないEちゃんは、犬好きのお母さんの言葉を想像しながら会話を成り立たせていた。

「奥さん見たがっていたでしょう。」と、より良い方への事の成り行きを期待する言葉を投げかけて来た。

「うん、でも二人で仕事に出る事があるんだから、ちょっとねえ。」と、お父さんは飼いたい気持ちもあるんだけど実際は難しいそうだと思っている事を伝えた。

お父さんの気持ちが少し翳り始めたのを見てとると、

「社長も見て来てくださいよ」と、何か自信ありげな様子でEちゃんはお父さんを促した。

「そうだなあ・・・・、それじゃあ、ちょっと見てくるか」と、お父さんはわりと近くの従業員用の駐車場へ行き、車で詰所へ向かった。

 

僕達がここに来て四日目、あの日もそうだった様に良く晴れた日であった。

寒さは一段落したのかきょうは空気の冷たさはそれ程感じない。

例によって遊戯機の始業点検の機械音が、それまでの高原のような静けさを打ち破り始める。

軽トラック、ワゴン車、作業用トラックが3、4台こっちの方へ近づいて来る。

他の車は詰め所の横の車寄せに向かうが、軽トラックだけは直接この資材置き場前に乗りこんで来た。

Tさんと年配のAさんである。

Tさんは牛乳パックの入ったビニール袋をぶら下げ降りてきた。

Aさんは車から降りるなり、昨日のミルク入れにしていた鉢カバーを取り、すぐ先の水道の蛇口で、水の冷たさも感じない様子で手早く洗い、ゲージの傍へ持ってきた。

「おぃっ、おまえたち元気だったか。」と、Tさんは、ミルクパックの口を開けながら僕達に声をかける。

その下には今Aさんが洗って来た鉢カバーが用意されている。

3分の1ぐらいをそこへ『ドクッ、ドクッ』と流し込む。

Aさんは優しそうな年老いた目で僕達に近づき、ゲージの一方を開け放つ。

アウンの呼吸と言うか当たり前の作業手順と言うか、無駄の無い何時も通りとも思える役割分担で、朝ご飯が用意される。

既に目覚めて少し時間が経っていた僕達は、尻尾を振り振り甘えながらミルクに群がる。

美味しそうに飲み干す僕達の傍で二人が目を細める。

そうこうしている内に、詰所で先に着替えを済ませたスタッフの人達が降りて来て、僕達の様子をうかがう。

二人三人と着替えを済ませた人達が揃うと、『交替』とばかりにTさんAさんが着替えに詰所へ上がっていった。

4、5分で下りて来たAさんに少し遅れてTさんも下りて来た。

Tさんの顔つきが、さっき僕達にミルクを与えてくれていた時の柔和な笑顔と少し変わっていた。

上でN主任に何かを告げられたのか、告げられないまでも顔を会わした事で、そのままになってしまって、遅々として進んでいない僕達の里親探しの件の期限を再認識させられたらしい。

開園15分前くらいになると「さあーてっと」とスタッフの人達が夫々の仕事の持ち場へと向かっていった。

Tさんは少し遅れて「よしっ。」と何かを期したかの様に立ち上がり、Aさんに「じゃっ、お願いします。」と声をかけ軽トラックで出て行った。

 

昼休み前にTさんは困った時、わりと気軽に相談事などをしに来ていたお父さんの所へ行った。

お父さんのお店は遊園地の正門からエスカレーターつきの275段の大階段を一気に上り詰めた、下界とは80メートルほどの標高差のある、多摩川の河川敷の向こうに都心を一望出来る、それは見晴らしの良い場所にあった。

玩具を中心にファンシー雑貨を取り扱う中央売店である。

その日は、トリマーの専門学校に通うアルバイトのEさんと二人の店番であった。

お父さんは店の方はEさんに任せ、奥のパソコンで事務処理をしていた。

「社長居る?」と顔馴染になっているEさんに声をかけTさんがお店に入って来た。

奥とは言っても狭い店、お父さんもTさんの声を聞きつけ顔を出した。

『居てくれて、ああ良かった』という顔つきでいきなり、

「社長、貰ってくれない。」

「えっ、ああ、あの5匹の子犬かあ」と、ニュースでは知らされていたが、里親探しの最終ターゲットとして自分のところへお鉢が回ってくるとはと、びっくり気味のお父さん。

「まだ一匹も貰い手が無いんだア」と本当に心配そうなTさん。

「ああそう、可哀想に。いつまで置いてけるんだよ」

「週明けには保健所が来るらしいんだ」と更に顔を曇らせるTさん。

彼の顔がいつものにこやかな顔で無い二人の会話に、それとなく耳を傾け、話の内容を汲み取った、Eさんが、

「5匹もですか?まだ小さいんですか」といきなり会話に飛び込んできた。「うん、まだ生まれて間も無いんじゃ無いかなあ」「あっ、そうだEちゃんは確か犬の学校行ってたよねえ、なんとかならない。」と、急に開けてきた里親探しのテグスの感触をぐいぐい引き寄せた。

「ねえ、見に来てよ、今すぐ、昼休でしょ」と、今度は急に思いついた難問の解決策の手がかりを、その感触を無くすまいと必死にくらいつくTさん。

「ええっ、可愛いでしょうねえ、でも5匹でしょ」と、少しあてがありそうな口調でEさんが答えた。

「全部じゃなくていいんだよ」と必死にくらいつくTさん。

「社長、ちょっと見てきてもいいですか」と、かなり乗り気の様子で、Eさんは今度はお父さんに話しかけた。

「ああっ、いいよ、店は見てるから、行っといで。」と、お父さんは後輩の様に思っていたTさんが困り果てている様子を、少しでも助けてやりたいと思っていたところへの思わぬ展開に、進んで彼女を送り出した。

実はお父さんは僕たちのニュースを聞いた時、すぐにこのEさんの事を思い浮かべていた。

犬が好きで育てたいが住まいの事情が許されず、許可になる猫を飼い、それも犬の様にしつけていた。

どの犬の飼い主も「これが毎日なので、なかなか大変で」と、愚痴をこぼしながらも何処か自慢気で、うれしそうなリードを着けての散歩を、彼女は飼い猫としていたのだ。

そのことが評判になり、あるTVのお昼のワイドショウにも出たくらいである。

休日を中心に週2、3回出勤してくる彼女に、可愛い子犬が手に入りそうな話は、本当に飼いたがっているが飼えなくている彼女だけに、かえって酷かなと、敢えてニュースも伝えていなかったのである。

きょうも冬晴れの風の無い、日向ぼっこにはもってこいの日である。

僕達がここへ来て三日、この園芸課に勤務する10人余りの人達共すっかり慣れてしまい、昼休みは勿論この資材置き場近くで誰かが仕事をしている時はゲージの一部を開け放たれ、周りを自由にうろつく事が許される様になっていた。

Tさんが用意してくれる餌やミルクだけでなく、従業員の人達がお弁当の中から「これなら食べられるでしょう」とか、「これは食べても大丈夫でしょう」と僕達に分け与えてくれる様にさえなっていた。

たった二日の間に僕達の愛苦しさは皆の心を和ませ、5匹一緒であった事も幸いして、その場に何人集まっても夫々が夫々をあやし、触れ合えるほのぼのとした雰囲気を作り、人気者になっていた。

もともと昼食後の休憩時間を、冬の日向ぼっこをしに何人かのスタッフが集まってくる場所ではあったのである。

そんな昼休みのスタッフ同士の取り止めの無い会話にも中々打ち解けにくい、物静かな感じのMさんも、彼の何時もの定位置となっている資材置き場の端の方に、僕達の1匹がヒョコヒョコと傍に近づいて行くと、「なんだ、どうした、こっちへ来たのか」と、抱き上げ地べたに座り込んだ膝の上に乗せ「ご飯は食べたのか、よーし、よし、よし」と、頭を撫でながら、何時もに無い表情で休憩時間を過ごすのである。

そして、昼休みが終わると「さっ、じゃっ、又後でなッ」とゲージに戻し、

「Aさん、ゲージは閉めとく」と、この場所の近くでの仕事の多い年配のAさんに、僕達の面倒を見ていられるかの確認を取り、夫々のその日の仕事場へ向かって行く様になっていた。

こんな様子を、僕達をここへ連れてきてくれた当のTさんも何故か自慢気で満足そうに見ながら、自分も仲間に入っていた。

 

元々ここのスタッフは園内中の植栽を全て受け持ち、育成から植え込み、植え替え土壌管理までを担う、『花と緑』がキャッチフレーズのこの遊園地の、なくてはならない重要な部署の従業員なのである。

とはいえ、仕事柄皆の制服は所謂ナッパ服で、ハイシーズンが迫ろうものなら例え雨嵐の荒天でも、園内各所の営繕の仕事も含めた外仕事を余儀なくされる、園内の汚れ仕事の請負グループなのである。

お互いの仕事の技量、得意技などを夫々に認め合う、ある意味の信頼グループなのです。

 

都立の園芸高校という、一風変わった高校の出身者であるTさんは、学んだ知識を生かせ、自分の仕事の成果をより多くの人に見てもらいたいと、この職業を選んで来たのである。

背丈は180センチ足らずのわりとガッシリした体格の大男で、学生時代にはラグビーでもやっていたような体つきをしていた。

彼が新入社員でこの遊園地に配属になり、その時の園内の各テナント業者への挨拶回りの際、余り知られていない自分の出身校の事を変に詳しく話し、懐かしんでくれたテナントの社長がいた。

「えっ、あの世田谷の園芸高校。あそこのラグビーグランドは素晴らしいんだよねえ。私は何度もあのグランドで定期戦の試合をしたよ。」

と、何か学校の先輩でもないのにTさんを、久々に後輩にでも会えたかのように話しかけたのである。

Tさんのがっしりした身体を改めて見ながら、「で、君もラグビーやってたの」と、問いただす社長に、「いいえ、僕は、でも友達は沢山やってました。」

新入社員のテナントへの挨拶周りと言うのは、遊園地本社の社員がテナントとの係わり合いをどうすればいいのか知る術もなく、通り一片の挨拶で終わらせるのが常通である。

時間が経ち、一緒に何年も一つの敷地内で仕事をする間には、夫々の立場夫々の会社の枠を超えた付き合いも生まれるのだが、Tさんは何かこのテナントの社長のことだけは特別に親しめる印象を持ったのだ。

以来園内で顔を会わすたびに、何か親しい先輩にでも会ったように、仕事の話しや趣味の話しを心置きなく出切る様になっていった。

当然の様に僕達の事もその日の中に、ニュースとして伝えに行っていた。

 

そして、最初は単なるニュースとして僕達の事を知らされた、このテナントの社長こそ、その後の16年以上もの長い年月を共に暮す事になる、僕のお父さんなのである。

僕とお父さんの出逢いは、世の中の恋愛や友情が様々な運命の糸の絡み合い、引き合いによって産まれてくるものと同じように、偶然と偶然・必然と必然がもたらした、世にも素晴らしき巡り合いなのである。

番外  『一袋の天然石』

心温まる素敵な家族の3連走を見届けた後、お父さんは店に戻り裏のパソコン室で色々と思いを巡らせた。

障害を持たれたご両親と、あの素直な優しい僕、日々の生活の中では様々なご苦労も多々ある事でしょう。でも、今日見せてくれた様な素晴らしい家族愛で困難にも打ち勝ち、生きて行くことの大切さとその喜びを、夫々の心で感じとっていられるのだろうと思えた。

さっきその僕がこの店で天然石採りをやった時も、きっと「これはお父さんに良い石、これはお母さんに良い石」と、一生懸命に探し出し自分へのお守り石も見つけてくれたのだろうと察しが付く。

何年か前にこの天然石採りのことをSNSに書き込んでくれたお父さんがいた。

「今日久しぶりで子供を連れて遊園地に行き、そこで天然石採りと言うのやったのですが、幼い我が子が『お父さんに良い石を探すんだ』と、それはそれはひっしになって、やっと見つけ出し『あったよ、お父さんこれこれお酒を飲むお父さんには、これが良いんだって。見つかってよかったね』と、ホットした顔を見た時、こんな幼い子が私の事を本気で心配してくれていたのかと、ちょっと感動させられました」というのである。

このSNSを読んだ時も『一袋の天然石』が作るドラマを見せられた気がしたお父さんだが、今日は更にその後のドラマまで確認させてもらった様であった。

 

ちょうど僕達皆がミルクを飲み干し、飢えと渇きを満たし、傍らにいてくれたTさんにあまえ始めた頃、詰所らしきところから、Tさんの先輩で上司の園芸課主任のNさんが目を細めながらやって来ました。

「どれどれ、この子達か」とTさんの報告を確認に来たようです。

「おいおい、本当だまだ産まれたばっかりか」と、しゃがんで僕達の相手をし始めました。

その内結構年配の人達が二人三人と集まってきました。この園芸課のスタッフらしい。

中には叔母さんもいました。「あらっ、まあ可愛そうに、捨てられちゃったの、可愛いねえ。」と、それぞれに兄弟をあやしてくれていました。

遊園地の閑散期の休日の翌日、これといって差し迫られた、時間を気にしなくてはいけないような仕事もないのであろう、僕達を話題に井戸端会議まで始まってしまったようです。

気がつくと先程のけたたましい機械音も鳴り止み、遊園地らしい軽快な音楽の園内放送が聞こえ始めていました。

遊園地が開園したらしい。

 

N主任がそれとなく、その場にいた皆を仕事へ促すためであろう「さあっ」と、掛け声と共に立ち上がると、命令された訳でもも無く、おじさん達はそれぞれの仕事場へと足を向けました。

後のことはT君がと暗黙の了解を得つつである。

N主任も詰所へ戻ろうと僕達に背を向けかけた時、もう一度Tさんと僕達に目を落とし「やっぱり、保健所に連絡しなけりゃしょうがないだろう」と、出されてもいない質問に答える様に言放ったのです。

今までにも年に1、2回棄て犬騒ぎは無いわけではなかった。

近所の迷い犬であったり、老犬であったり、吠え犬であったりで、飼い主が現れるまで1週間程ここで面倒を見、その後保健所に取りに来てもらうのである。

保健所でも1、2週間ほどの預かり期間を超えると処分される様である。

 

Tさんも宣告されるであろうと、予想していた通りの言葉に「そうっ、そうですねえ。」と、至って当たり前風の受け答えを、さらりとしてのけた。

しかし、二人の会話には何時も一緒に働く者同士の意思の疎通と言う物が感じられないのだ。

それは、あまりに僕達か小さすぎて愛らしすぎて、その後の1、2週間の運命を決めてしまうには、あまりに早急過ぎる結論を先出しているにすぎないのである。

つまり、二人の心の中では、僕達が処分されるであろうと言う仮の話しは無いものとした了解済みの会話なのである。

仕事を仕事として片付けていかなければならない上司のN氏にしても、5匹の産まれて間も無い僕達のあどけない姿は、テキパキと判断し指示を出す仕事は出来なくなってしまているのだ。

何かNさん自身、自分の想像とは違う方向へ行ってしまう結果を期待しているような・・・・。

そんな中「でも、ちょっと待ってください。誰か犬を欲しがっているいる人を探しますから。」Tさんが口を開いた。

「うん、そうねえ、いるかなあ。」と、期待を押し殺せない様子で「でも、報告だけはしなくちゃならないからなっ。」と、上司らしい口調で応答し、僕達に又目を細めた。

 

 

N氏が詰所に戻ると僕達とTさんだけがその場に残された。

Tさんは、なれた様子で資材置き場の奥に立てかけてあった金網を持ち出し、開いたスペースに何かを組み立て始めた。

僕達はTさんしか居なくなったこの場所で、彼の仕事の邪魔をする様にまとわりつき甘えた。

出来上がったのは、それまでも使っていたのであろう、高さ50センチ1.5メートル4方程のゲージである。

中の半分位のところにはボロ毛布が敷かれていた。

傍にまとわりついている僕達をその中に入れながら、「ここで暫くおとなしくしてな、後で餌を買ってきてやるからな。」と声をかけ、少し遅れてスタートの仕事場へ向かった。

彼の頭の中では、片付けなければならない仕事のこと以上に、僕達の里親探しの思いが優先し始めていた。

遊園地に働いている仲間の顔を思い浮かべ『あの人は犬が好きそうだ、でも確か既に飼っているなあ。あの人はどうだっけ・・・・。』と思い浮かべるのである。

僕達はそんな物語が進んでいる事にはお構いなしで、取り敢えず甘えさせてくれる人が居なくなったゲージの中で、兄弟夫々が思いのままに居眠りを始めた。

僕達にとって1週間の限定で提供された、屋根つきの宿である事など知る由も無く、とても快適な広さも充分な住まいであった。

9時を過ぎると奥の方へ行く車も2、3台続く様になりました。

この遊園地は10時開園の様です。

それまでの様々な機械音は色々な遊技機の始業点検の音だった様です。

遊び疲れ、喉もカラカラになってしまった僕達はどうする事も出来ず、なんとなく又昨日一夜の宿の周りに集まり始めました。

産まれて2ヶ月、母犬のそばでお腹がすけばオッパイをも探り、飼い主が用意してくれる水と餌に、何の不住も感じずにこれまで来たのです。

喉が本当に乾いた時、何も差し出される物が無い時、どうすればいいのか全く分らなかったのです。

僕達はなんとなく、つかず離れずの距離を保ちながら、漠然と時を過ごしていました。

 

10時近くになって奥へ行った何台かの車が又戻り始めました。

その中の一台の軽トラックが、30メートルほど離れた道路から道を外れこっちへ向かって来ました。

車の窓から身体を乗り出し、僕達を確認すると「おーい、おーい、なんだお前達、どうしたんだ」と、一人の若い男の人が車から降り近づいて来ました。

「えーとっ、1、2、3、4、5匹も一緒か。」「なんだまだ生まれたばっかりじゃないか。」「ああ、あっ、捨てられちゃったんだ。」

と、この車を運転してきた一人の青年が、一人しか居ないのに盛んに独り言とは思えない口調でしゃべり続けます。

彼の名はT君、この遊園地の園芸課に勤務する、植物や動物好きの正社員の青年です。

幸い僕達には皆、前の買主のお陰で人見知りをしない人懐っこい性格が芽生え始めていたので、すぐ彼の方へ駆け寄って行きました。

尻尾を振り振り、招き出された手をペロペロ舐め始めました。

空腹と喉の渇きを一気に潤す母犬の乳房を感じるには、彼の手は園芸課と言う彼の仕事柄、ゴツゴツと硬過ぎました。

でも、人の暖かさだけは十分に吸い取れたのです。

元来生き物の好きな彼は、僕達を順番に抱き上げ、朝日ににお腹の部分を翳しながら「おっ、お前は付いてるな、お前も付いてるなッ、お前は付いてないか。」と観察を始めました。

そして、観察が終わった者から順番に傍らにあった段ボールに入れられていきました。

最後の妹の観察が終わると全員が揃っている事を確認しながら、「ようーしっ、しょうがないなあ」と言いながら僕達の入った段ボールを持ち上げ軽トラックの助手席に運んだのです。

僕達は遊び疲れたのと、ちょっと前まで不安に苛まれそうになっていた事を忘れさせてもらえた、なんとも言えない安堵感で、されるがままになっていました。

彼は「お腹が空いているのか、」「喉は乾いているのか」とハンドルから離した片方の手を僕達に翳しながら、又独り言で話しかけてきました。

彼のゴツゴツした指を兄弟で分け合うように舐めまわすと「ようーし、よし、よし」と皆の頭を撫でてくれました。

 

100メートルほどグランドのわき道を器用な片手運転で奥の方へ行くと、ビニールハウスや園芸用の資材置き場があり、彼は熟れた手つきで車を止め、資材置き場の一角の軒下に僕らを降ろしたのです。

彼はすぐに鉢植えの下に敷く30センチほどの鉢カバーに、水を入れ運んで来てくれました。

僕達はキョロキヨロする間もなく箱から出て水を飲み始めました。

暫く「ぺちょぺちょ」と音を立ててのみ干す僕達の傍らにいた彼は、「お腹も空いているんだろう」と、更に上の詰所のようなところへ行き、口の開いた牛乳パックを持ってきました。

もうひとつ鉢カバーを用意し、そこへ残っていた牛乳を注ぎ入れ「おいっ、こっちの方がいいぞっ」と、あのゴツゴツした手で誘導してくれたのです。

美味しかった、本当に美味しかった、空腹と乾きで不安になり始めていた僕達のお腹へ、冷たいでもとてもホットなミルクが十分に溜まり始めたのです。

平成2年1月16日空は雲一つ無く晴れ渡った冬晴れの朝です。

気温は低く空気は冷え切り、柔らかな土の所では霜柱が5センチにもなるほどです。

7時を過ぎやっと昇り始めた日の光は、8時頃になってようやく暖かさを注ぎ始め、風が全く無かったため日の光が注いでくれるぬくもりは時間と共に覆い被さる感じで、防寒着1、2枚の代わりをしてくれる様です。

 

『カタカタカタッ』、『ビッシューッ』、『ガッタン』けたたましい機械音が、かなりの音量で静けさを打ち破ります。

人の気配はまだありません。

暫くすると『ブーン』と、少し離れた所を、小さいトラックが走っていきました。

やっと人が動き始めた様です。

ここは東京近郊川崎市にある「花と緑」をキャッチフレーズに60年近くも歴史の有る遊園地の奥の駐車場なのです。

多摩川の河川敷を超えてすぐの海抜80メートル程の丘陵地にあるこの遊園地は、都心からの距離が近いにも拘わらず、緑が一杯で、残された自然も十分に感じる事が出来、観覧車等の高さのある遊戯物は、関東平野、都心を一望できる眺望を誇る、立地にこの上なく恵まれたプレーパークなのです。

 

この駐車場も2方を小高い山に囲まれ、もう一方は緩やかな丘で、東の方の1方だけが開けた窪地の奥のような場所であった。

僕達5匹は昨日の極寒の夜を、ここで過ごしたらしい。

明るくなるまで目が醒めなかったのは、寒すぎてそれぞれが身体を寄せ合い、お互いの身体の下に潜り込ませようという防寒意識でいっぱいだったからなのだろう。

40センチ角程の小さな段ボール箱に古座布団が敷かれた一夜の宿は、5匹の体温で結構暖まっていた。

僕達5匹はここに捨てられていたのである。

産まれて2ヶ月目ぐらいか、それまでの飼い主ののっぴきなら無い事情で捨てられたのであろう。

道端でなく、山奥や河川敷でなく、この遊園地の奥の駐車場を選んで捨てられたのは、それまでの飼い主の愛情が、どうしても誰かに育てて欲しいと考えた末に、ここを選ばせたのであろう。

山奥や河川敷で野犬化してしまうのでなく、道端から道路に出て事故に遭わない様にと言う精一杯の選択だったのであろう。

昨日の夕方は泣きの涙でこの場を離れたのかも・・・。

 

僕達5匹はまだ産まれて2ヶ月、飼い主の愛情を感じるまでには成長していなかった。

5匹の兄弟がジャレ合うだけで良かったのかも知れない。

何かの物音で朝目が醒めても人気の感じられない事には何の違和感もなく、寒さを吹き払う身震いだけで、清清しい朝を受け入れていた。

昨日は1月15日成人式の祭日であった。

遊園地も冬の閑散期としてはそこそこ賑わったのであろう。

この第5駐車場へ入場者の車が案内されるのは、3000人以上の入場者があった時だけなのだ。

秋の運動会シーズンには、企業の運動会場として貸し出されることもあり、地面は土のグランドで、車寄せも石灰の白線で描かれただけの臨時駐車場なのである。

 

僕達にとって土のグランドであったことも幸いした。

僕達の中で少し身体の大きいお兄ちゃんが箱から出て周りを歩き始めました。

僕と弟は箱の中から首を出し、お兄ちゃんを見ていました。

その内お兄ちゃんは広ーい土のグランドを走り始めました。

とても気持ち良さそうで楽しそうで、すぐ僕達も後を追いました。

誰かが誰かに追いつくと、馬乗になりジャレ合います、そして又走り出すのです。

静かな誰も居ない自由な空間がそこには有りました。妹達も加わり皆で大運動会です。

一生懸命走り回りました、それでもグランドの5分の1ぐらいしか制覇出来ていません。

走り疲れてグラントの端の方の叢の方へトボトボ歩いて行くと、ズホッと足が土にめり込む所があります。

本格的に注ぎ始めた日の光が霜柱の力を弱め始めた所のようです。

 

その先には1段下りたところに、この駐車場の2倍程もある広大なグランドが広がり1方だけ開けたその方向の更に向こうの方には、何やら遊戯機らしい鉄骨の足組みが、かなりの向こうの方に見えています。

『ガシャーン、カタ、カタ、カタ』『シュウーッ』『ゴットン、ゴトッ、ゴトッ、ゴーッ』けたたましい機械音が、「キャン、キャン」と言う僕達の喜声だけが響いていた、自由な空間を引き裂きました。

あまりの音に驚き、足を止め、僕達兄弟はお互いの位置を確かめるかの様に周りを見渡し、それぞれの姿を確認すると、今度はその機械音のする方へ耳を澄ませます。

その音が近づいてくる物なのか、危険が近づいているのかの確認でもしているかの様に。

でもまだそれ程の観察力も洞察力も備わっていない僕達は、その騒音にもすぐになれてしまい、又遊び始めました。