天国のRIKI

全てノンフィクション。あなたの周りにもこんなドラマが。

リビンクのエアコンが切られてから、2、30分もすると気温がどんどん下がり始めた。

それまで人気もあり心地よいぬくもりで一杯だったこの部屋にも、冬の厳しい寒さが顔出す。

外とは比較にならないぐらい、緩やかな冷え込みなのだろうが、それまでのぬくもりが大きいものであっただけに、身体に感じ始めてしまうのだ。

僕はさっき見た夜空の星と、あの日見た遊園地の駐車場の広ーい、大きな夜空一杯の星たちが重なる夢を見ていた。

寒さを感じ始めた僕は、眠ったまま身体を丸くした。

そして、鼻先で兄弟達のぬくもりを探した。

半分眠ったまま、丸くした身体を又少し伸ばし、身体を潜り込ませようと探してみたが、ぬくもりにはぶつからなかった。

僕は目を覚ましてしまった。

お兄ちゃんや弟、妹達の誰もそこにはいなかった。

僕は、立ち上がりミカン箱の外へ目をやった。

薄暗い闇の中に、テレビやミニコンポ等のスイッチの所のインジケーターランプの小さな光だけが、夜行性動物の片目の様に鋭く光っていた。

周りは白い壁紙だけがぼんやり浮き上がり、迫ってくる様にさえ思えた。

僕は一人でここに居ることに気が付き、とても寂しく、怖くて不安になった。

心細くて、つい「クーン、クーン」と、生まれて始めての悲しい鳴き声を出してしまった。

悲しく鳴いてみても、何も変わらなかった。

「クーン、クーン」と言うかすれた様なか細い鳴き声は、薄暗い部屋に響くだけで、一層悲しくなった。

僕は勇気を出して思いきり鳴いてみた。

「キャン、」「クーン、クーン」「キャン、キャン」「クーン」

 

階段の上の寝室のドアが開く音がした。

お父さんがガウンの前合わせを深く合わせ、腰紐をしっかり締めながら、スリッパの音を押さえる様に階段を降りて来た。

お父さんが寝床について、まだ30分ぐらいしか経っていなかった様だ。

リビングに入り階段へのアコーデオンドアを閉め、キッチンの方の小さ目の明かりを点け、人の気配がしてもまだ「クーン、クーンと、鳴き続ける僕の方へ近寄ってきたお父さんは、

「どうした、リキ、寂しいのか」と、小声で声を掛け手を差し出し、頭から背中を優しく撫でてくれた。

「おいおい、リキ、お前振るえているじゃないか」と、お父さんは驚いた様子で、普段の声の大きさに戻り、両手で僕を抱き上げ「可哀想に、一人で怖かったのか、リキ」と、僕を胸元に引き寄せてくれた。

お父さんの「リキ」の声の響きに、やっと身体の強張りをやわらげ始めた僕は「クーウッ」と、甘えた声が出せる様になってきた。

お父さんは、しっかり合わせたガウンの胸元を少し緩め、そこに僕を入れてくれた。

そして、腹をくくったかの様に「ようーし、しょうがないかっ」と、言いながらエアコンのスイッチを入れ、ひざ掛け用の毛布を足元に巻きつけ、ソファーの上に横になった。

僕はお父さんの胸元のガウンの中ですっかり落ち着きを取り戻し、今日の嬉しかった出来事を思い起こせるようになっていた。

お父さんの胸元は温かく、どこまでも優しさと安堵感与えてくれる、僕の宝物になっていました。

僕は少しトローンとしはじめながらも、鼻先にあるお父さんの顎の辺りをペロペロし続けました。

この宝物を絶対離さない、僕の物なんだと言う思いがそうさせていた様です。

そして、僕の中では独り立ち出来そうな思いも生まれて来たのです。

僕が大きくなってからもし続けた、お父さんとの儀式の始まりはここにあったのかも知れません。

 

「よしよし、良い子だ、リキ、大丈夫だからねんねしなさい」と、僕の頭を優しく撫でてくれるお父さんも眠そうでした。

もう、とっくに夜中の2時を過ぎている様でした。

お父さんは、スヤスヤと眠り始めた僕の寝息が落ち着くのを待って、そうーっと僕をミカン箱のベッドに移しました。

少し暖まり過ぎになり始めていたお父さんの胸元から離れ、ベッドに移されると、すーっとした感じがして気持ちは良かったのだが、目は半分醒めてしまった。

安堵感が奪われた感じがして僕は「クウーッ」と、甘えた声を出してしまった。

あわててお父さんは「大丈夫だよ、ここに居るよ」と、ソファーに横になりながら手を差し出してくれた。

僕はお父さんの指先をペロペロ舐めながら、又うとうと眠り始めた。

お父さんがそうーっと手を抜こうとすると、甘えてダダをこね「クウーッ」と、口をペチャペチャと動かし、少し眠りが戻されそうになる。

その様子にお父さんは腹這いになって、手を更に深く差し伸べてくれた。

今度はその指先をくわえたまま眠り始めた。

母犬の乳首にしゃぶりついたまま眠ってしまった子犬の様にである。

お父さんはうとうとしながらも、満足そうに僕の様子を見ていた。

そして、朝6時半頃お母さんが起きてくるまで、僕のその眠りは覚めることが無かった。

お父さんが僕に分からない様にそうーっと手を抜き、寝室に戻って眠りにつけたのは夜中の3時をまわってからの様であった。

その後、お父さんのこの寝不足の原因は、3日続いたのである。

そしてこの3日間は、僕達5匹の幼い兄弟にとって、それはそれは大切な特別な日となったのである。