天国のRIKI

全てノンフィクション。あなたの周りにもこんなドラマが。

  アメジスト(家族愛)

2月に入って僕の食欲は少し安定している。

足の衰えは一段と進んだ感じで、一人で起き上がる事はおろか、同じ姿勢で立っている事も困難になって来た。

朝晩の食事はしっかり取れるのだが、お父さんかお母さんに身体を抱えてもらっての食事である。

後ろの左足の筋肉がすっかり無くなり、すぐに内側に曲がってしまい、立ちあがると50センチにもなる背丈を支える力が殆ど無いのである。

前足はまだ突っ張ることだけは出来るので、身体の後ろ半分を抱えて貰っての食事である。

今は以前のような顆粒のドッグフードと缶詰のドッグフードの混ぜ合わせた物ではなく、僕の好物の粗引きのソーセージか鳥のから揚げを電子レンジでチンした物を細かくちぎって混ぜてもらった顆粒のドッグフードを食べている。

脂が多いからと以前は与えてもらえなかったのだが、食欲が落ちた時なんとか食べさせようとお母さん達が考えてくれた食事である。

少し嗅覚も衰えていて、用意された食事の前に行っても、直ぐに口にする事が無い。

片手で僕の身体を支えながら、もう一方の手で食事の入った器を僕の鼻先まで持ってきてもらい、やっと食べ始めるのだ。

僕が食べ始めると食道が開く様にと、ゆっくり器を下に下ろしてもらっている。

そして、その器も床から10センチ程の台の上に乗せられている。

これは、口元を床まで下げる姿勢が長続きせず、最後まで食事を取れないせいで、水を飲むのも殆ど器を持ってもらっていないと飲めなくなってしまった。

こんなに手間を掛けてしまっている今の僕だが、お父さんお母さんは食事を取れなくなってしまった時より食欲のある事を喜んでくれている。

只夜鳴きによる寝不足だけは二人を本当に困らせている様だ。

 

身体の自由がきかなくなってから、僕は誰かが傍にいてくれないと安心して眠れなくなっている。

一人で立ち上がる事が出来なくなって、常に不安が付き纏う様になってしまった。

オムツはしてもらっているが尿意をもようしたりすると、やっぱり立ち上がりたくなる。

そして、空腹や、喉の乾きを感じても先ず立ち上がりたくなる。

横になった姿勢を変えるにも、後ろ足の力がなくて思う様にならない。

後ろ足を上手くたたむ事が出来なくなった事で、お座りの姿勢も維持できない。

只々横になっているしかないと言う事は、僕にとってもかなり辛い事なのである。

痛みを感じない態勢に身体がおさまると、なんとなく眠ってしまう。

それも、自分でその態勢を取るので無く、お父さんかお母さんが手を添えて姿勢を色々と変えてもらっての事である。

 

横になっている僕が頭を持ち上げると、傍にいてくれるお父さんかお母さんが「どうした?」と、声を掛けてくれる。

目もはっきり見えなくなってしまった僕は、声のする方へ目を凝らす。

一生懸命その姿を探していると、二人のどちらかが手を差し出し身体を撫でてくれる。

誰かが居てくれる安心が得られて又横になる。

何かの欲求がある時は、撫でてくれた手を頼りに起き上がろうとする。

直ぐに手を差し伸べてもらえないと、唸り声を出してしまう。

差し出された手を頼りに立ち上がると、腰の所を支えてもらいながらうろついたり、水を飲ましてもらったり、食事をさせてもらったりする。

時間とタイミンクを見計らって、「オシッコかな、ウンチかな」と、僕を抱き上げ裏の駐車場へ連れ出してもらう。

ゆっくり地面に下ろされると、しっかり4つの足で踏ん張りきれず、特に弱っている左の後ろ足が上手く前に出ず、その場をくるくるとヨタヨタ歩きで回ってしまう。

腰に手を添えてもらってバランスが上手く取れると、後ろ脚をゆっくり屈めオシッコをするのだ。

ウンチは更に脚を屈め腰を丸めなければならないので、なかなか上手く出来ない事が多い。

1日5、6回トライして2、3回上手く行けば良いほうである。

それでも、やっぱりオムツにおもらしするより気持ちが良く、とてもスッキリする。

それを分かってくれていて、お父さんもお母さんも上手く行くと、とても喜んでくれて誉めてくれる。

腰を折って僕を支えるのが腰痛に響くらしいのだか、それに堪えて何度でも連れ出してくれている。

上手く行った時は「出て良かったね」と、顔に頬擦りまでして、僕を抱き上げ連れ帰ってくれるのだ。

 

ここ2、3週間は夜の眠りの方が浅く、2時間おきに目が醒めてしまう。

昼間は5、6時間程眠る事もあるのに、夜中になるとそれが出来なくなってしまった。

よく昼間と夜を取り違えていると言われるが、正にそれである。

僕にしてみれば、昼間はお母さんが週2回の出勤日以外は家に居てくれて、僕の世話をしてくれる安心があり、テレビかラジオの音が人の気配を感じさせてくれ、それに昼間の明るさも不安を和らげてくれてなんとなく安心を得る事が出来るのである。

夜僕が眠っていると、お父さんが電気を消し寝室へ上がって行ってしまう。

なんとなく物音がしなくなり、不安になり目を覚ます。

暗闇だと不安は更に広がり、誰かを呼びたくなり唸ったり吠えたりしてしまうのだ。

最近では夜二人が上へ上がって行きそうな時間になると、敢えて眠ろうとしなくなっている。

寝かしつけられそうになると、なお更抵抗する様に頭をもたげ、一人になりたくない事を訴える。

身体の自由がきかない事による不安は、誰かに甘えるより仕方がないのだ。

お父さんは腹をくくり、添い寝をして僕の眠りがある程度深くなってから上へ上がって行くようになった。

そして、キッチンの蛍光灯を点けたままにしておいてくれている。

それでもやっつぱり2,3時間で目が醒めてしまい、唸ってしまう。

今度はお母さんが降りて来て、僕の面倒を見てくれる。

今はこんな毎日が続いているのである。

 

以前僕がこの家に来て家族になり、色々な躾を教わり、それを習得出来ると皆が誉めてくれた。

お母さんも「この子は本当におりこうさんで、助かるわ」と、喜んでいてくれた。

そして家族の誰もが僕の表情を良く見抜ける様になっていた。

1年に何回か、皆の居ない間に何か悪さをしたり、オモラシをしてしまうと、顔に出るらしく「あらっ、リキ、何かしたでしょう」と、悟られてしまうのだ。

特にお腹を壊してオモラシをしてしまった時など、申し訳なさそうな顔をするらしく直ぐに発見されてしまっていた。

家族だから分かり合える、ほんの僅かな表情の変化をお互いに理解し絆を深めていた。

僕の表情がそれまでにないくらい、申し訳ないと言う表情に変ってしまった事件が10年程前に1度だけあった。