天国のRIKI

全てノンフィクション。あなたの周りにもこんなドラマが。

僕達がここに来て四日目、あの日もそうだった様に良く晴れた日であった。

寒さは一段落したのかきょうは空気の冷たさはそれ程感じない。

例によって遊戯機の始業点検の機械音が、それまでの高原のような静けさを打ち破り始める。

軽トラック、ワゴン車、作業用トラックが3、4台こっちの方へ近づいて来る。

他の車は詰め所の横の車寄せに向かうが、軽トラックだけは直接この資材置き場前に乗りこんで来た。

Tさんと年配のAさんである。

Tさんは牛乳パックの入ったビニール袋をぶら下げ降りてきた。

Aさんは車から降りるなり、昨日のミルク入れにしていた鉢カバーを取り、すぐ先の水道の蛇口で、水の冷たさも感じない様子で手早く洗い、ゲージの傍へ持ってきた。

「おぃっ、おまえたち元気だったか。」と、Tさんは、ミルクパックの口を開けながら僕達に声をかける。

その下には今Aさんが洗って来た鉢カバーが用意されている。

3分の1ぐらいをそこへ『ドクッ、ドクッ』と流し込む。

Aさんは優しそうな年老いた目で僕達に近づき、ゲージの一方を開け放つ。

アウンの呼吸と言うか当たり前の作業手順と言うか、無駄の無い何時も通りとも思える役割分担で、朝ご飯が用意される。

既に目覚めて少し時間が経っていた僕達は、尻尾を振り振り甘えながらミルクに群がる。

美味しそうに飲み干す僕達の傍で二人が目を細める。

そうこうしている内に、詰所で先に着替えを済ませたスタッフの人達が降りて来て、僕達の様子をうかがう。

二人三人と着替えを済ませた人達が揃うと、『交替』とばかりにTさんAさんが着替えに詰所へ上がっていった。

4、5分で下りて来たAさんに少し遅れてTさんも下りて来た。

Tさんの顔つきが、さっき僕達にミルクを与えてくれていた時の柔和な笑顔と少し変わっていた。

上でN主任に何かを告げられたのか、告げられないまでも顔を会わした事で、そのままになってしまって、遅々として進んでいない僕達の里親探しの件の期限を再認識させられたらしい。

開園15分前くらいになると「さあーてっと」とスタッフの人達が夫々の仕事の持ち場へと向かっていった。

Tさんは少し遅れて「よしっ。」と何かを期したかの様に立ち上がり、Aさんに「じゃっ、お願いします。」と声をかけ軽トラックで出て行った。

 

昼休み前にTさんは困った時、わりと気軽に相談事などをしに来ていたお父さんの所へ行った。

お父さんのお店は遊園地の正門からエスカレーターつきの275段の大階段を一気に上り詰めた、下界とは80メートルほどの標高差のある、多摩川の河川敷の向こうに都心を一望出来る、それは見晴らしの良い場所にあった。

玩具を中心にファンシー雑貨を取り扱う中央売店である。

その日は、トリマーの専門学校に通うアルバイトのEさんと二人の店番であった。

お父さんは店の方はEさんに任せ、奥のパソコンで事務処理をしていた。

「社長居る?」と顔馴染になっているEさんに声をかけTさんがお店に入って来た。

奥とは言っても狭い店、お父さんもTさんの声を聞きつけ顔を出した。

『居てくれて、ああ良かった』という顔つきでいきなり、

「社長、貰ってくれない。」

「えっ、ああ、あの5匹の子犬かあ」と、ニュースでは知らされていたが、里親探しの最終ターゲットとして自分のところへお鉢が回ってくるとはと、びっくり気味のお父さん。

「まだ一匹も貰い手が無いんだア」と本当に心配そうなTさん。

「ああそう、可哀想に。いつまで置いてけるんだよ」

「週明けには保健所が来るらしいんだ」と更に顔を曇らせるTさん。

彼の顔がいつものにこやかな顔で無い二人の会話に、それとなく耳を傾け、話の内容を汲み取った、Eさんが、

「5匹もですか?まだ小さいんですか」といきなり会話に飛び込んできた。「うん、まだ生まれて間も無いんじゃ無いかなあ」「あっ、そうだEちゃんは確か犬の学校行ってたよねえ、なんとかならない。」と、急に開けてきた里親探しのテグスの感触をぐいぐい引き寄せた。

「ねえ、見に来てよ、今すぐ、昼休でしょ」と、今度は急に思いついた難問の解決策の手がかりを、その感触を無くすまいと必死にくらいつくTさん。

「ええっ、可愛いでしょうねえ、でも5匹でしょ」と、少しあてがありそうな口調でEさんが答えた。

「全部じゃなくていいんだよ」と必死にくらいつくTさん。

「社長、ちょっと見てきてもいいですか」と、かなり乗り気の様子で、Eさんは今度はお父さんに話しかけた。

「ああっ、いいよ、店は見てるから、行っといで。」と、お父さんは後輩の様に思っていたTさんが困り果てている様子を、少しでも助けてやりたいと思っていたところへの思わぬ展開に、進んで彼女を送り出した。

実はお父さんは僕たちのニュースを聞いた時、すぐにこのEさんの事を思い浮かべていた。

犬が好きで育てたいが住まいの事情が許されず、許可になる猫を飼い、それも犬の様にしつけていた。

どの犬の飼い主も「これが毎日なので、なかなか大変で」と、愚痴をこぼしながらも何処か自慢気で、うれしそうなリードを着けての散歩を、彼女は飼い猫としていたのだ。

そのことが評判になり、あるTVのお昼のワイドショウにも出たくらいである。

休日を中心に週2、3回出勤してくる彼女に、可愛い子犬が手に入りそうな話は、本当に飼いたがっているが飼えなくている彼女だけに、かえって酷かなと、敢えてニュースも伝えていなかったのである。