天国のRIKI

全てノンフィクション。あなたの周りにもこんなドラマが。

ちょうど僕達皆がミルクを飲み干し、飢えと渇きを満たし、傍らにいてくれたTさんにあまえ始めた頃、詰所らしきところから、Tさんの先輩で上司の園芸課主任のNさんが目を細めながらやって来ました。

「どれどれ、この子達か」とTさんの報告を確認に来たようです。

「おいおい、本当だまだ産まれたばっかりか」と、しゃがんで僕達の相手をし始めました。

その内結構年配の人達が二人三人と集まってきました。この園芸課のスタッフらしい。

中には叔母さんもいました。「あらっ、まあ可愛そうに、捨てられちゃったの、可愛いねえ。」と、それぞれに兄弟をあやしてくれていました。

遊園地の閑散期の休日の翌日、これといって差し迫られた、時間を気にしなくてはいけないような仕事もないのであろう、僕達を話題に井戸端会議まで始まってしまったようです。

気がつくと先程のけたたましい機械音も鳴り止み、遊園地らしい軽快な音楽の園内放送が聞こえ始めていました。

遊園地が開園したらしい。

 

N主任がそれとなく、その場にいた皆を仕事へ促すためであろう「さあっ」と、掛け声と共に立ち上がると、命令された訳でもも無く、おじさん達はそれぞれの仕事場へと足を向けました。

後のことはT君がと暗黙の了解を得つつである。

N主任も詰所へ戻ろうと僕達に背を向けかけた時、もう一度Tさんと僕達に目を落とし「やっぱり、保健所に連絡しなけりゃしょうがないだろう」と、出されてもいない質問に答える様に言放ったのです。

今までにも年に1、2回棄て犬騒ぎは無いわけではなかった。

近所の迷い犬であったり、老犬であったり、吠え犬であったりで、飼い主が現れるまで1週間程ここで面倒を見、その後保健所に取りに来てもらうのである。

保健所でも1、2週間ほどの預かり期間を超えると処分される様である。

 

Tさんも宣告されるであろうと、予想していた通りの言葉に「そうっ、そうですねえ。」と、至って当たり前風の受け答えを、さらりとしてのけた。

しかし、二人の会話には何時も一緒に働く者同士の意思の疎通と言う物が感じられないのだ。

それは、あまりに僕達か小さすぎて愛らしすぎて、その後の1、2週間の運命を決めてしまうには、あまりに早急過ぎる結論を先出しているにすぎないのである。

つまり、二人の心の中では、僕達が処分されるであろうと言う仮の話しは無いものとした了解済みの会話なのである。

仕事を仕事として片付けていかなければならない上司のN氏にしても、5匹の産まれて間も無い僕達のあどけない姿は、テキパキと判断し指示を出す仕事は出来なくなってしまているのだ。

何かNさん自身、自分の想像とは違う方向へ行ってしまう結果を期待しているような・・・・。

そんな中「でも、ちょっと待ってください。誰か犬を欲しがっているいる人を探しますから。」Tさんが口を開いた。

「うん、そうねえ、いるかなあ。」と、期待を押し殺せない様子で「でも、報告だけはしなくちゃならないからなっ。」と、上司らしい口調で応答し、僕達に又目を細めた。

 

 

N氏が詰所に戻ると僕達とTさんだけがその場に残された。

Tさんは、なれた様子で資材置き場の奥に立てかけてあった金網を持ち出し、開いたスペースに何かを組み立て始めた。

僕達はTさんしか居なくなったこの場所で、彼の仕事の邪魔をする様にまとわりつき甘えた。

出来上がったのは、それまでも使っていたのであろう、高さ50センチ1.5メートル4方程のゲージである。

中の半分位のところにはボロ毛布が敷かれていた。

傍にまとわりついている僕達をその中に入れながら、「ここで暫くおとなしくしてな、後で餌を買ってきてやるからな。」と声をかけ、少し遅れてスタートの仕事場へ向かった。

彼の頭の中では、片付けなければならない仕事のこと以上に、僕達の里親探しの思いが優先し始めていた。

遊園地に働いている仲間の顔を思い浮かべ『あの人は犬が好きそうだ、でも確か既に飼っているなあ。あの人はどうだっけ・・・・。』と思い浮かべるのである。

僕達はそんな物語が進んでいる事にはお構いなしで、取り敢えず甘えさせてくれる人が居なくなったゲージの中で、兄弟夫々が思いのままに居眠りを始めた。

僕達にとって1週間の限定で提供された、屋根つきの宿である事など知る由も無く、とても快適な広さも充分な住まいであった。